はじめに

「ChatGPTでレビューしてもらったので、もうこのPRは大丈夫です。」

最近、開発現場でこうした声が冗談ではなく本気で語られることが増えてきました。
確かにAIによるコードレビューは便利です。短時間で大量のコードにコメントを付けてくれ、些細なミスにもよく気が付きます。

しかし、それだけでレビューが完結するかといえば話は別です。
AIレビューだけでは絶対にカバーできない視点や構造が存在し、それらは現時点では人間のレビューアーによってのみ担保されています。

この記事では、「AIレビューで済ませてはいけない理由」をレビューアー視点から論理的に整理します。

「AIレビューでOK」と思い込みやすい3つの誤解

誤解1:コードの「正しさ」はAIがチェックしてくれる

AIレビューは構文的な正しさや、型、関数名の妥当性などに触れることができます。
しかし、業務ロジックが正しいかどうかは判断できません。

仕様としては誤っているがAIが気づかない例
function calculateDiscount(user) {
  if (user.isPremium) {
    return 0.2;
  }
  return 0.5; // 本来は0.0が正しい
}
人間によるレビュー指摘
@Reviewer: プレミアムでないユーザーに対して50%の割引は仕様と異なります。設計書では「割引なし(0.0)」が正しいはずです。

AIは仕様書を読んでいるわけではなく、「こういう処理は多い」という確率論で書いているにすぎません。

誤解2:設計判断もある程度してくれる

AIは「コードが見た目上どうか」という判断には長けていますが、設計の分割や責務配置といった構造判断には本質的に向いていません。

一見問題ないが設計としては分割すべき例
function handleUserSignup() {
  const user = registerUser();
  sendWelcomeEmail(user.email);
  updateAnalytics(user.id);
}
設計視点でのレビュー指摘
@Reviewer: 単一関数に登録処理・通知・トラッキングが混在しており、責務が過剰です。`SignupService`などに分離し、再利用性とテスト性を担保することを検討してください。

このような構造上のリファクタリング提案は、AIでは一貫して出せません。

誤解3:設計の意図も説明してくれる

AIはあくまでアウトプットに理由を後付けすることはできますが、設計意図の背景を知っているわけではありません。

  • 「なぜこのモジュールに責務を集中させたのか」
  • 「なぜローカル変数ではなくコンテキストを使用しているのか」

こうした判断の裏には、過去の障害経験やチーム内ルール、非機能要件への配慮など、文書化されていない設計上の理由があることが多いのです。

AIレビューが苦手な4つの領域

1. 「なぜこの設計なのか」の妥当性確認

設計意図の検証は、人間の経験と文脈の読解が必須です。

2. チームルールの運用確認

AIはルールの存在すら知りません。ESLintルールなら知っていても、チームで決めた命名規則や責務分割のポリシーは指摘できません。

3. 将来的な保守性・拡張性の判断

  • この構造は将来的に壊れやすいのでは?
  • あとで他の機能にも使い回したい場合どうするか?

こうした視点は、時間軸をもって設計判断する人間にしか見えません。

4. 要件変更に対する構造の柔軟性検討

AIは要件のバリエーションを知りません。今のコードが「変更に強いかどうか」を見抜くのはレビューアーの役割です。

AIとレビューアーの役割補完

UML Diagram

なぜ人間のレビューが依然として必要なのか

AIレビューの品質は今後も向上するでしょう。
しかし、レビューの本質は以下のような“判断”と“調整”の機能にあります:

  • この設計が「今のプロジェクトにとって」最適かどうか
  • 現場の方針・メンバーのスキルセットと整合が取れているか
  • 将来的にこのコードを誰が引き継ぐのか、その人に理解されるか

こうした問いに答えられるのは、レビュー対象の文脈を知っている人間のレビューアーだけです。

「AIに任せたほうが早い」から抜け出すために

1. 人間がレビューすべき観点を明示する

  • チェックリストを設ける
  • コードの横にコメントで「設計意図」を補足する

2. PRテンプレートに「設計判断の背景」記入欄を設ける

  • なぜこの構成にしたのか
  • 他の案との比較をどう考えたか

3. AIレビューは「前処理」や「気づき」として活用する

  • あくまでヒントの一つに過ぎない
  • 判断を代替してはいけない

まとめ:レビューは「判断の共有」であって「指摘の自動化」ではない

「AIでレビューしてもらえばOK」とは、レビューの本質を“指摘”だと誤解している発想です。
しかし実際は、レビューとは判断の共有・意図の検証・設計方針の伝達という、チーム間での高度な意思疎通行為です。

  • AIはコードを読めますが、「意図」は読めません
  • AIは指摘できますが、「妥当性」は判断できません
  • AIはヒントをくれますが、「責任」は取りません

レビューアーとしての価値は、これらの領域にこそあります。
AIの力を活かしつつも、最終的な判断と説明責任は人間にしか担えないという立場を明確に持つことが、今後のレビュー品質を守る鍵となります。